オスカルにはなれても、男にはなれない


親子喧嘩のおかげで
メンタルぐったりな数日を過ごしています。

いやはや…
いくつになっても親からの否定というのは堪えるものですね。

 

さて。
今日はそんな親子喧嘩から学んだお話。
小さな頃から私が抱えていた課題についてです。

私の家は、
地元では知らない人はモグリなんて言われる旧家です。

そんな家の長子として生まれた私。

女の子だったことにガッカリする家族もいて、
母は育児ノイローゼになりかけたと聞いています。

 

なので、
私の最大のライバルはいつも弟。

私はいつも
「男に生まれていれば…」
と自分を悔やんで生きてきました。

【跡取り】

それだけで、

私より成績が悪くても
私より素行が悪くても
私より気が利かなくても

親戚中の誰からも愛される。

 

それが羨ましくて羨ましくてたまらなかった。

 

父も母も、
弟ばかり愛して感謝している。

そんな風にずっと思ってきたし

今でも思っています。

 

今回父と喧嘩した原因もコレです。

 

私が出来る限りのことをやっても認めてもらえなくて
何をしたって弟の方が評価されるし感謝される。

 

ずっとずっと

私のことを愛してほしくて
私にも感謝してほしくて

その為には

【女であってはいけない】

だから、女を捨てて戦ってきました。
オスカルみたいにね。

誰よりも良い成績や業績をとり、
両親のためにご馳走したり旅行に連れて行ったり、
頼みごとを聞いたり、
お金も時間も心も使って

自分の男性性をフルに使って

弟よりも両親に愛してもらおうと頑張ってきました。

 

でも、
それはきっと叶わない。

 

私は「男のように」は生きることは出来ても

男になることも、
この家の跡取りになることも出来ないし、

弟とは

性格も、
生き方も、
素質も、
得意なことや苦手なことも、

全てが違うから。

 

それはどうすることも出来ない事実です。

 

「弟よりも両親に愛されたい」

私はこの願いだけは
叶えることが出来ないまま生きていく。

それでいいのだと思ったのが今日でした。

 

私が女である限り、

両親から、
弟と同じようには愛されない。

 

それでも、
私だから愛される部分も確かにある。

そして、
私が渡した愛が100%望んだカタチで返ってこなくても

愛する人や
友人や
クライアントや

お金や
経験や
時間や
物や
想いや

別な形になって返ってきているんだと。

 

夏至の今日。

私は親の愛ばかりを求めて生きることをやめ、

様々なカタチの愛で
常に満たされて生きることをスタートしました。

 

まだ父とは仲直りしていないので(笑)
少し気持ちもささくれ立っているし、落ち着かないけど。

どう足掻いてもなれないものになろうとして
自分を責めて、苦しめるのはもう終わり。

2017年の夏至は
それを知って切り替えるタイミングでした。

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