私がわたしを嫌いだったワケ


「水飲むにもバカラのグラスとか使ってそう」とか言われる私ですがw

 

・お金
・容姿
・恋愛、結婚

 

をこれまで激しく受け取り拒否してきました。
※なう進行形のものもありw

 

その基礎が構築されたのは、やっぱり小~中学生の頃の「いじめ」でしょうね。
もう消化したと思っていたけど、何だか書きたくなったので振り返ってみることにしました。

 

きっかけはとても些細なことでした。

 

私の家は地元では有名で、幼い頃は「欲しい」と言ったものは手に入らないことはまずありませんでした。
「○○が欲しい」と言えば祖父なり父なりが与えてくれる、それが私にとっては普通のことだったんです。
ただその分、世間に恥ずかしくないように行動しなさいという重荷も人知れずあるんですがね。

 

小学生も後半に入る頃。
常に成績はトップクラスであれという教えに倣って弟と塾に通うようになったのですが、帰り道には頑張ったご褒美に本を買ってもらうのが常でした。

 

ある日から幼馴染も一緒に通塾するようになっても、私は何も考えずそれまで通りにこのご褒美を買ってもらっていたんですが、結果としてこれが「いじめ」の引き金だったようです。

 

その幼馴染から「いつも買ってもらっていてむかつく」的なことでいじめが始まり、田舎の小さな学校だったので上下級生にもその波紋は広がっていきます。
トータルすると4年ちょっとくらいでしょうか?
近くにいる大多数に、無視されたり、罵られたり、仲間外れにされたり、殴られたり、そんなことが続きました。

 

大人になった今はFBで繋がってる人もいますが、正直私にとって「地元の同級生」というのは一番どうでもいい人間関係です。
来る連絡には返しますが、自分からアクションすることはほぼありません。しようと思うこともない。
 

この「いじめ」は私に思ったより沢山の傷跡を残しました。
私も昔こんな事があったよ程度に考えていたんですが、自分と深く向き合っていくにつれ私の色んなものの「受け取り拒否」の根本がここにあることに気がつきます。

 

まず、いじめのきっかけになったのは私が欲しいものを買ってもらっていること。
その理由を先生から聞いた両親はもちろん私に「我慢しなさい」と言います。
 

それが私には、
・お金を持ったら妬まれる
・欲しい物を楽して与えてもらってはいけない

・私が我慢すれば済む
と変換されて刻み込まれます。

 

次に、罵られるのは主に私の容姿のことでした。
とても強い癖毛だったのでまぁ髪の毛のこと、あとありがちな「ブス」「ゴリラ」とか。
ここで更に
・私は可愛くない
というコマンドが追加されます。

 

そして運の悪いことに、この幼馴染は私の恋する相手だったもので
・私は愛する人から愛されない

 

更に誰が言ったか「いじめられる方も悪い」の一言で(んなワケあるか)
・私が全部悪い
・全ての人から好かれなくてはいけない

 

以上がもれなく追加されて、とってもとっても自己肯定感の低い私が完成します。

 

そんな私に両親は言いました。
「いじめてくる奴は勉強で見返して文句を言えないようにしてやれ」と。
素直にこれを聞いた私は、中学生まで成績はすごーく良かった。

結果、これが「仕事でしか自分の存在価値を認められない」という生き方に繋がります。
自分が我慢して、頑張ることでしか解決方法を見つけられなくなっていきました。

 

この「いじめ」に似た出来事は社会に出てからも時々顔を出します。
前の彼氏は割りと知名度のあるバンドマンだったもので、その当時一緒にいた子達に携帯を盗み見されネットで叩かれるとかね。
もちろんこの彼との関係も上手くいかなくなり、これは更に私の

 

・お金
・容姿
・恋愛、結婚

 

の自己肯定感の低さに輪をかけていきました。
いじめが始まった頃から、私の目に映る現実もそれまでに比べるとどんどんどんどん悪い方向へ変わってしまった。

 

いい加減こんな状態から抜け出したいと初めて思ったのが21~22歳の頃。
その時に心理学や潜在意識と出会い、亀のように遅い歩みで今に至ります。

 

 

出来事として羅列するとこんな感じです。文字にするのは今ではあまり抵抗はありません。

でも、今私が本当に振り返りたかったのはきっと、

 

・寂しい
・怖い
・苦しい
・辛い
・悲しい
・痛い
・助けて

 

そんなあの時言えなかった感情達。
ひとつひとつの感情を直視すると、今でも心がズキズキ痛むしざわつきます。

 

過去のことだから、
もう大人だから、
不幸なことは認めたら負けだよ、
そんな「大人な意見」は置いておいて

 

私はあの時確かに

寂しかったし、怖かったし、辛かったし、痛かったし、悲しかったの!!!!!

 

これを感じたら負けると思っていましたが、もうそんなことはどうでもいいです。
私はあの時すごく苦しかったんだから。
こんな当たり前の気持ちをこれ以上無視する方が余程不幸だと感じます。

 

どんな感情も私の一部としてそこに「ある」。

 

過去に忘れてきた感情を改めて取りに行く、そんなタイミングが今でした。

 

こうやって文字にしたのは、あの時感じていたのに「ない」ことにした心の声を誰かにわかって欲しかったから。

何より、私自身にわかって欲しかったからです。

 

長い間抱えていた想いをこうして吐き出せて、私の荷物がひとつ軽くなったそんな気がします。

 

ずーっとずーっと、私は自分が嫌いでした。

今なら好きとか嫌いを超えて、「これが私だ」と胸を張って言えます。

&n
bsp;

Related Entry

NO IMAGE

ドロドロでキラキラしている、それが「女」

【自分を大切に】 それはもう知ってるの!

NO IMAGE

ごめんね、「わたし」。。。

私だってノれない時がある

NO IMAGE

お母さん、大嫌いだったけどずっと大好きだったよ

NO IMAGE

「因果応報はない」の謎を解く