お母さん、大嫌いだったけどずっと大好きだったよ


新しい環境で突きつけられた女性達との関係は、私にとてもとても大きな「気付き」と「きっかけ」をくれました。

実際、これは「私が嫌っていた私の一部なんだなー」と気付いたら、早速過ごしやすくなりました。

 

私はこの【「女」として生きる】という課題に取り組むために、

ベリーダンスに出会い

潜在意識の存在を知り

自分と徹底的に向き合うことに辿り着いたのかもしれません。

 

さて、私にもっとも身近でもっとも影響力の強い女性。

 

それは母です。

 

「私が嫌っていた私の一部」、これは「私の嫌いな母の姿」でもありました。

 

母と私は、女性としては全く逆のタイプです。

なので昔からぶつかることも多く、「弟ばかり可愛がって!」と泣いて訴えても届かない、そんなことも沢山沢山ありました。

 

・気まぐれで

・方向音痴で

・いい格好しぃで

・出来なければすぐに人を頼って

・都合が悪くなれば「だって~」と濁して

・勝手に盛り上がって勝手に機嫌が悪くなって

・目立つことをよしとしない

・普通で一般的であることを良しとして

・自分ばかりが我慢しているように無言で訴えてくる

 

こんなところが私をとてつもなくイライラさせ、悲しませ、「私はこうはならない!」と思わせるに至ります。

何だかこんなところに私は女の汚さを感じたのです。

 

母はとても「女性らしい女性」です。

「こうはならない」と決めたその時、私は私の「女」を一度捨てたんでしょうね。

 

こうやって書きだしてみると、私が自分のダメだなぁとか嫌だなぁと思っていた部分はとっても母にそっくりです。

まぁ方向音痴がお金の計画性がないに置き換わっただけですw

 

結婚したくないのも、子供を産みたいという願望が強くないのも、

 

「私はお母さんみたいにはならない」

 

ずっとそう思っていたから。

 

でも、本当は

素直に甘えることが出来る母も、

人の輪にすっと溶け込んでいける母も、

周りに愛されている母も、

妻としても程よくゆるく程よくデキる母も、

ずっとずっと羨ましかったし、私もそうなりたかったんだなぁって。

 

「こうなりたくない」と思ったのは、出来ない自分が嫌いだったから。

「お母さんなんて嫌い」と思ったのは、母を通して自分の嫌な部分を見てたから。

 

本当は、誰よりも母に認めてほしい。

誰よりも母が大好きで、母にも同じだけ愛してほしい。

 

大人になっても私はまだまだ母が恋しいです。

今でも一番愛されていたいし、いつまでも娘のまま可愛がられていたい。

そんな自分の存在には数年前から気付いていました。

 

でも、なかなか認められなかった。

もう大人だから、自立しなくちゃいけないから、強くならなきゃ彼にガッカリされちゃうから、その気持ちを正面から見ることは出来ませんでした。

親を恋しいとは思わない、それが強くなることだと決め付けていたので。

 

「恋しい」

これってきっと皆両親に対して一生持ってる気持ちだと思います。

大きさはそれぞれ違うだけで。

今は素直に「そんな自分がいてもいいな」と思っています。

 

母との問題には少しずつ向き合ってきて、数年前とは比べられない位、今は「愛されている」ことを私にわかりやすいカタチで示してくれるようになっています。

私が変わるとどんどん母も楽になっていってるんでしょうね。

昔ほどケンカすることもなくなりました。

 

それでもまだ抵抗って持っていたんですね。

「女」であることに。

「娘」であることに。

 

私は今、「自分」が最高に楽しいし、母をとても愛して尊敬しています。

 

母の娘に生まれることが出来てとても幸せだと実感していますし、私を女に産んでくれてとても感謝しています。

 

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